大信州 翁下原 おきなしもはら

翁 下原(おきな しもはら)とは
現在の大信州の礎を築いた小谷(おたり)杜氏・下原多津栄杜氏のこと。蔵では“おやっさ”、“じっさ”と慕われ、そんな下原杜氏の名を冠する商品は、おやっさの名に恥じぬ酒造りを目指す今の蔵人の想いが込められています。
原材料名
米(長野県産)米こうじ(長野県産米)
原料米
長野県産契約栽培米「金紋錦」100%
仕込水
北アルプス連峰伏流水
上槽
槽搾り
瓶詰
無濾過原酒 / 瓶貯蔵
味わい
芳醇・味幅・複雑み
飲酒適温(冷/温)
12℃ / -
合わせたい料理
鯉の甘露煮・フォアグラソテー
アルコール分
16度
容量
720mℓ
品目
日本酒
辛口4 複雑味4 果実味2 華やか3 軽快3

大信州の〝おやっさ〟下原大杜氏

現在の「大信州」の礎を築いた小谷杜氏・下原多津栄杜氏は、蔵の内外から〝おやっさ〟〝おやじさん〟〝じっさ〟と呼ばれ、慕われてきました。おやっさが初めて大信州の酒造りに携わったのは16歳のとき。大信州の前身である原田屋酒造店に入蔵。途中、岐阜県や福井県の蔵にも行きましたが、2008年に91歳で引退するまでの75年ものあいだ、杜氏を務めました。ほかの酒蔵の杜氏や蔵人も、自ら造った酒を唎いてもらおうと、おやっさを訪ねてやってきました。その唎き酒は、米の磨き具合から吸水の量、麹の温度など、酒ができあがる過程をたどるもので、まるで一緒に仕込んだかのようにすべてを当てる、神がかった唎き酒でした。「背筋がぞくぞくしておっかなかった」。名杜氏と賞された小谷杜氏の仲間にも、そう言わしめました。一線を退き、2020年8月に103歳で天寿をまっとうしてなお、その存在はわたしたちにとってあまりに大きく、強く、息づいています。

  黒えってだけで、米がかわいそうだ

わたしたちの酒造りは、すべてが鑑評会出品酒と同様の「手いっぱい」の酒造りですが、かつて、このような造りは全体の1割にとどまりました。その当時、広敷で休憩中のおやっさが漏らしました。「米が黒えってだけで大事にされなくて、米がかわいそうだ」と。「米が黒い」というのは、精米歩合が高いということ。米が黒い普通酒は手をかけて造ってもらえないけれど、米が白い大吟醸は大切に造ってもらえる。アルコール添加でも純米酒でも同じ日本酒であって優劣ではないと考えるおやっさらしい言葉でした。当時、蔵人は代替わりしたばかり。入蔵から2年の蔵人は答えました、「おやっさ、だったら全部、同じようにやりますか」と。「おおそうか、お前たち、やってくれるか!」。その翌日、「おい常務、うまいこといったぞ。あいつら、まだ酒造りを知らねえから、おらが言ったことがどれだけ大変かわかっていねえ。でも、やるって言ってくれたからありがたい、やるぞ」と、現社長(当時常務)に満面の笑みを向けるのでした。今、蔵の主軸を担う蔵人たちこそ、当時、入蔵したばかりの面々です。

  まあるい酒がいい

杜氏の大事な仕事は、麹造りでもなく、蒸しでもなく、蔵人の顔を見ることだと、おやっさは常々言いました。今日は体調が悪そうだ、今日は元気が良すぎてけがをしないようにと見守るのです。そうして杜氏と蔵人が一体となって目指すのは〝まあるい酒〟。「おら、まあるい酒がいいと思う。蔵人同士の関係に角が立っていれば、角のある酒になる。調和のとれた蔵人たちが造る酒は、まあるい酒になるんだ」。その思いを託した聖徳太子の教えである「」という言葉は、下原大杜氏の座右の銘であり、そのままわたしたちの酒造りにおける礎となっています。

  未来へつなぐ技

良いと思うことはすぐに取り入れる前向きな姿勢にもかかわらず、酒母造りの手法のひとつ、速醸酛の導入には「生酛も、山廃酛も、速醸酛もすべてやってきて、おら高温糖化酛が一番いい」と、頑として譲らない。説得を続けるなか、全幅の信頼を寄せ自身の後継とした小林幸由前杜氏の、「そうは言ったって、おれにもちゃんとした速醸を教えろ」という言葉に折れました。やるからにはと、昭和初期の資料を開いては熱心に研究をし直しました。学校も行っていない、文字も読めないという言葉とは裏腹に、ずいぶんと難しい資料と連日向き合ったのは、未来のための良い造りを導き出したい、その一心でした。現在、わたしたちは従来からの高温糖化酛とともに、速醸酛の技を受け継いでいます。おやっさが研究と経験に基づき編み出したすべての技を、蔵人が技能として身につけ、進化させ、余すことなく未来へつなぎたいという思いがそこにはあるのです。

  愛感謝

「愛感謝」とは、おやっさが祈りを込めた言葉です。信心深いおやっさは、人に限らず道具や米、水、そして見えないものにすら、愛情や感謝の気持ちをもって酒造りに臨んできました。蔵のあらゆるところに「愛感謝」という言葉を掲げているのは、その思いの表れです。それは小林前杜氏に、そして若い蔵人たちに受け継がれ、今も造りがはじまる前に手書きして持ち場に貼り、今年も酒造りができることに感謝を捧げています。わたしたちの酒造りは、技、取り組む姿勢、そして人としてのあり方も含め、おやっさの世界観を遺伝子として受け継ぎながら蔵人一人ひとりが鍛錬を重ね、大信州の酒造り、そして大信州の世界観として築き上げたものです。これからも、大信州が誇りとするその酒造りに日々励み、そして、さらに磨いてまいります。

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